大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和62年(行ウ)2号 判決

原告 ジョン・H・マッキントッシュ

被告 法務大臣

代理人 名取俊也 白井成彦 水上太平 塚本伊平 平崎政人 板垣高好 山崎徹 ほか五名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し昭和六一年一一月二二日付けでした在留期間更新の不許可処分及び再入国の不許可処分は、いずれもこれを取消す。

第二事案の概要

一  次の事実は、当事者間に争いがない。

1  原告は、昭和一〇年一二月三一日カナダにおいて出生したカナダ国籍を有する外国人である。

2  原告は、昭和三六年一〇月三〇日、当時の出入国管理令四条一項一〇号の在留資格により、在留期間三年とする上陸許可の証印を受けて、初めて日本に入国し、三回の在留期間更新を受けた後、昭和四六年六月九日出国し、昭和四七年七月一七日、同在留資格、同在留期間で二回目の入国をし、同年一二月二九日出国し、昭和四八年一月一〇日、同在留資格、同在留期間で三回目の入国をし、二回の在留期間更新を受けた後、昭和五四年六月一八日出国した。

3  そして、原告は、在カナダ日本国大使館から宣教活動に従事するための査証の発給を受け、昭和五五年八月二七日、出入国管理令四条一項一〇号(宗教上の活動を行うために外国の宗教団体により本邦に派遣される者)の在留資格及び在留期間三年の、本件各処分の基礎となる在留許可を得て本邦に上陸した。

4  原告は、同年九月二日、大阪市生野区長に対し、外国人登録法(当時施行のもの。以下同じ。以下「外登法」という。)三条一項に基づき外国人登録の申請を行い、同日、同区長から、登録証明書の交付を受けるとともに、外登法一四条一項に基づく指紋押なつをした。

5  原告は、入国後大阪市生野区巽西四丁目八番二〇号に居住し、大韓基督教巽伝道所において宗教活動に従事していたが、昭和五八年六月一三日、大阪入国管理局(以下「大阪入管局」という。)において本邦での宗教活動の継続を理由に在留期間更新許可申請をし、被告は、同日、在留期間三年、在留期限昭和六一年八月二七日までとする在留期間更新を許可した。

6  原告は、昭和六〇年八月一五日、大阪市生野区役所に出頭し、外登法一一条一項に基づき、登録の確認申請を行い、登録証明書の切替交付を受けたが、その際、外登法一四条一項所定の義務である指紋押なつを拒否した。

7  原告は、その後も指紋押なつを拒否していたところ、昭和六一年六月三〇日及び同年七月二八日行政相談等のため大阪入管局に来局したので、同局審査第二課長が原告に対し、指紋押なつをするよう説得したが、これに応じなかった。

8  原告は、同年七月三〇日に至り、宗教活動の継続を理由に二回目の在留期間更新許可申請をしたので、この申請を受理した後、同局審査第二課長が原告に対し、重ねて指紋押なつを説得したが、これに応じなかった。

9  原告は、その後もなお、指紋押なつを拒否し続けていたところ、被告は原告に対し、同年八月二六日、出国準備期間として在留期間更新を許可することとし、当局係官を通じて指紋押なつをするよう重ねて説得した上で、在留期間を三か月、在留期限を昭和六一年一一月二七日までとする在留期間更新を許可した。

10  原告は、右三か月の更新許可をされた後もなお引き続き指紋押なつを拒否し続けていたところ、大阪入管局審査第二課長は、同年九月三〇日及び同年一一月一〇日、同局に所用で来局した原告に対し外登法違反の状態を解消するよう指紋押なつをするよう説得したが、これに応じなかった。

11  原告は、同年一一月一五日、大阪入管局に出頭し、本邦における宗教活動の継続を理由に三回目の在留許可更新申請をするとともに、本国カナダでの宗教上の用務を理由に数次再入国許可の申請をし、右各申請は受理された。同日、審査第二課長が原告に対し指紋押なつを説得したが、これに応じなかった。

12  そこで、被告は原告に対し、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないものと判断して原告の在留期間更新を許可しないことを決定し(以下「本件在留期間更新不許可処分」という。)、また、再入国許可申請についても、原告が外登法違反の状態にあることから、これを許可することは相当でないと判断し、不許可とすることを決定し(以下「本件再入国不許可処分」という。)し、同年一一月二二日、原告に右各処分(以下「本件各処分」という。)を通知した。

13  原告は、本件在留許可更新不許可処分通知後も、出国準備期間として与えられていた昭和六一年一一月二七日を超えて本邦内にとどまっている。

二  〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、カナダ長老教会から在日大韓基督教会総会に派遣される宣教師として、前記のとおり昭和三六年一〇月三〇日来日した後、昭和三九年三月ころから大阪市東区東雲町の宣教師館に居住して宣教師として活動を始め、同年九月に在日大韓基督教総会関西地区の協力牧師に就任し、昭和四四年秋には、多数の在日韓国人が居住する同市生野区に移り住み、前記第二回目の入国後、大阪教会と在日韓国基督教会館の共同事業の布教活動に従事していた。

2  原告は、宣教とは、単に福音を伝えることではなく、派遣された地域の人々と苦悩を共有し、世界のあらゆる民族の中の「隔ての中垣」(新約聖書エペソ人への手紙二章一四節)を取り除き、人間が人間らしく、尊敬し合いながら共に生きる平和と正義の世界を創造するような努力を実践することであると考え、地域の在日韓国人と日常密接に交流し、在日韓国人への住居賃貸拒否や入学差別等の差別問題に積極的に取り組み、そのような活動を通して、指紋押なつ制度は、在日韓国人に対する差別を助長し、偏見をあおり立てるものであると考えるようになった。

3  そして、原告は、昭和五五年の登録証明書の切替時までは指紋押なつに応じていたが、日本が昭和五四年に国際人権規約を批准した後の昭和五七年の外登法改正においても、指紋押なつ制度が維持されたことから、次の登録証明書の切替時には指紋押なつを拒否することを決意し、折りしも、同年三月二〇日生野区で初めて指紋押なつを拒否した青年の支援活動を続けていたところ、その青年に対する脅迫やいやがらせが起こり、また、その青年の勤め先である叔父の鉄工所に得意先から圧力がかかり、さらに、警察の出頭要請や聞込捜査が行われたこともあって、結局その青年は昭和六〇年一月五日指紋押なつに応じ、以後原告ら支援関係者を避けるようになったという出来事に接して、在日朝鮮・韓国人の苦痛を自らの苦痛としなければ、在日朝鮮・韓国人に対する宣教は不可能であると考えて、いよいよその決意を強くし、前記のとおり、同年八月一五日の登録証明書の切替交付時に、指紋押なつを拒否した。

4  なお、原告の本件再入国申請は、カナダ長老教会の命により、定期的に行われている同教会への一年間の帰還等のためにカナダに帰国することを目的とするものであった。

三  当事者の主張

1  原告

原告の主張する本件各処分の違法事由は次のとおりである。

(一) 在留期間更新不許可事由及び再入国不許可事由の不存在

(1) 在留期間更新

外国人に、入国の自由は保障されていないとしても、一旦入国を許され、憲法の基本的人権の保障を享有する在留外国人が、在留の継続を求めることは、国外にある外国人が新規入国を求めることと同一視することはできず、在留外国人は、憲法二二条一項の居住の自由の保障の結果として、在留期間更新の許可を受ける権利を有する。

すなわち、在留外国人の在留期間中の地位の性質は権利というべきであるが、現実に認められる在留期間は、在留資格の定める在留目的に比し、極めて短期に、しかも一律に定められており、このため、実情は期間更新が数度にわたり認められるのが原則となっており、外国人は数度の期間更新を期待して在留を開始・継続して、日本国内で生活基盤を築くのが通常であるから、当初の在留許可は更新の承認を黙示的に含んでいるものというべきである。また、在留外国人が、退去強制事由に触れることなく、ある程度長期にわたって日本社会で平穏に生活を続けてきた場合には、その在留を引き続き認めたとしても、何等我が国の利益や安全を脅かすものでないことは実績により証明されているものということができる。そして、憲法の基本的人権の保障は、その権利の性質が許さない場合を除き、在留外国人にも及ぶのであるが、基本的人権の保障を享有する地位にある在留外国人に対して、基本的人権の行使を理由に在留期間の更新を拒否することができるとすれば、基本的人権の保障は実質的にはないに等しいこととなる。

したがって、在留外国人には、公共の福祉に反しない限り、在留目的に照らして、合理的期間内は、在留期間の更新を受ける権利があるというべきであり、仮に、このような権利が認められないとしても、基本的人権にかかわる行政処分に準じるものとして、在留期間更新の許否についての法務大臣の裁量領域は極めて限定されていると解するべきである。

そして、在留期間の更新が不許可になると、新たな在留資格の取得等、特段の事由がない限り、法律上必然的に退去強制手続が開始されることからすれば、出入国管理及び難民認定法(ただし、本件各処分当時施行されていたもの。以下「入管法」という。)二一条三項の文言にかかわらず、これを不許可とするには、入管法二四条四号イ、ヘないしカに定める退去強制の実質的事由のあること、若しくは、少なくともこれに準じる事由のあることを要するものと解すべきであり、これは追放のためには法定された正当な追放理由に基づく適正手段によることを要するとする市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一三条の要請でもある。

本件在留期間更新不許可処分は、原告に右いずれの不許可事由もないのに、在留期間更新を不許可としたものであるから違法である。

(2) 再入国

イ 在留外国人の再入国が、日本からの出国と再度の入国に区分して考えられるとしても、再入国許可の性質は、新規入国と同一に論じることはできない。

すなわち、一旦入国を許され、一定の在留資格を得て日本に在留する外国人の在留期間中の地位は権利というべきものであり、これを恣意的に奪うことは許されず、また、在留外国人は、憲法の基本的人権を、権利の性質上許される限り享有し、日本国民と同様の行政上、私法上の保護を受けており、この在留外国人の地位は、未だ日本の領域外、主権外にあって新規入国を求める外国人の地位とは歴然と異なる。また、実質的にみても、新規入国の場合には、当該外国人の人物や行動は、入国管理局当局に明らかでなく、入国後の行動に不安が残るのに対し、再入国の場合は、在留の実績から、これが既知のものとなっており、それまで在留が認められているということから、一応、日本において平穏な生活を送るものと推測される。さらに、再入国を申請する在留外国人の場合、日本で居住し、財産を有し、家族生活を営むなどして、日本社会にかかわっており、とりわけ、原告のように、日本に生活の本拠を持つ長期在留者にあっては、日本社会に深く根を下ろし、いわば構成員となっているのであって、新規入国の場合とは根本的に異なる。

そして、再入国は、日本を在留地ないし生活の本拠地として経済活動その他の市民的諸活動をしながら、日本人同様、諸外国にも活動分野を広げる在留外国人の一時的海外旅行の実質を有するものであるところ、憲法二二条一項の移転の自由に含まれる一時的海外旅行の自由は、権利の性質上、日本国民にのみ許されるものではなく、在留外国人にも保障されるものといえるから、在留外国人は、憲法二二条一項に基づき、公共の福祉に反しない限り、在留目的に照らして、合理的期間内は、再入国許可を受ける権利を有する。

ロ また、B規約一二条四項は、「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない。」と定めており、右にいう「自国」とは、国籍国だけでなく、より広義に、生活の本拠がある国と解すべきであるから、日本に生活の本拠を有する在留外国人には、同項により、再入国を求める権利が認められる。

ハ 以上のとおり、在留外国人には、再入国許可を受ける権利があるというべきであるが、仮に、このような権利が認められないとしても、在留期間更新と同様、基本的人権にかかわる行政処分に準じるものとして、再入国の許否についての法務大臣の裁量領域は極めて限定されていると解すべきである。

そして、在留外国人の再入国は、前記のとおり日本国民の一時的海外旅行と同視すべきものであるから、再入国を不許可とするためには、日本国民について定める旅券法一三条一項一ないし五号の旅券発給拒否事由若しくはこれに準ずる事由のあることを要するというべきである。

ニ 本件再入国不許可処分は、原告に右いずれの不許可事由もないのに、再入国を不許可としたものであるから違法である。

(二) 指紋押なつ拒否を理由として在留期間更新及び再入国を不許可とすることの違法性

(1) 指紋押なつ制度の不要性

現行の外国人登録制度は、昭和二一年四月二日に連合軍総司令部が発した「日本における非日本人の入国及び登録に関する件」という覚書に端を発するものであるが、右覚書が発せられた当時から、在留外国人の圧倒的多数を占めていたのは朝鮮人であり、日本の外国人登録制度は、専ら在日朝鮮・韓国人を念頭に置いて作られたものである。そして、指紋押なつ制度が導入されたのは、昭和二七年四月二八日施行の外国人登録法によってであるが、その導入理由は、治安目的であって、外登法本来の目的を逸脱するものであった。

被告は、指紋押なつ制度を不正登録防止のための制度と説明するのであるが、確かに、戦後の混乱期には、二重登録、虚無人登録等の不正登録が多発していたものの、これは、食料配給の不正受給のために生じ、外国人登録制度が杜撰な状態で実施されていたために防げなかったものであって、指紋押なつ制度実施以前に、米穀通帳との照合、居住地変更登録制度、一斉切替制度の導入等によって殆ど淘汰されてしまっており、指紋押なつ制度が不正登録の減少に効を奏したという事実はないし、今日において、右のような不正登録が発生する余地もない。

また、市町村の外国人登録事務における外国人の同一人性の確認は、写真等によって行われており、指紋押なつは、登録証明書を作成した後、これを交付する際になされていたにすぎず、市町村の外国人登録事務の指針となる法務省入国管理局作成の外国人登録事務取扱要領にも、本人の同一性確認の手段としては、「写真等」とあるだけで、指紋は挙げられていないし、市町村の係員は指紋照合の技術的訓練を受けていないので、指紋照合をすることは技術的にも不可能である。さらに、法務省でも、昭和四五年以降、指紋の鑑識照合のための換値分類を行っておらず、また、かなり以前から、入国管理局登録課指紋係の職員は係長を含めて二名しかおらず、到底全国の市町村から法務省に送付される指紋原紙の指紋照合を行える体制にはなく、のみならず、昭和四九年八月から昭和五七年九月三〇日までの間、市町村から法務省に送付される指紋原紙への指紋押なつは、新規登録の場合を除いて省略されており、右省略の直前の昭和四六年八月一日開始の登録大量切替から、これが復活した直後の昭和六〇年八月一日開始の大量切替まで一四年間にわたり、市町村から法務省に指紋原紙は送付されていないことになり、指紋押なつ制度が実施されてから約半分の期間は、法務省において指紋照合により外国人の同一人性を確認することは全く不可能な状態にあった。このように、外国人登録は、実際には指紋照合を行うことなしに特段の支障もなく運営されてきている。

そして、定住外国人、特に外国人登録人員約八〇万人のうち約六七万人に達する朝鮮・韓国人の身分事項の公証は、日本の市町村に対する届出が基礎となっており、本国の戸籍の訂正や入籍は、日本の市町村の発行する身分事項の証明書に基づいて行われているのであって、このような外国人は、日本人と同様、日本の市町村において身分事項がしっかりと把握されているのであって、指紋押なつ制度は不必要というべきである。

(2) 指紋押なつ制度の害悪

前記のとおり、外国人登録制度の適用を受ける外国人の大半は在日朝鮮・韓国人であるが、指紋押なつ義務は、在日朝鮮・韓国人に対する同化政策、すなわち、言語、習慣、意識において限りなく日本人化する圧力を加えながら、政治的、経済的、社会的地位においては日本人より一段劣った地位に甘んじさせ、民族固有の文化伝統から遮断し、民族的価値を否定して、日本的価値を注入する政策の重要な一環をなすものであり、これにより、在日朝鮮・韓国人に、自己に対する劣等感、邪悪感を植え付け、辱め、卑しめて精神的抵抗力を崩壊させる可能性のあるものであり、精神的に不安定な時期に指紋の押なつを強制される在日朝鮮・韓国人の少年少女の中には、自殺等自己を攻撃する行動に出たり、様々な精神障害に陥ったりする者もいる。

(3) 憲法一三条、一九条、一四条、三一条違反

以上のとおり、指紋押なつ制度は必要性のないもので、かつ、害悪を有するものであり、憲法一三条前段の個人の尊厳を侵害し、様々な精神障害を惹起する点で同条後段の生命・自由・幸福追求権を侵害し、「同化」という国家権力による思想の変化を伴う点で憲法一九条の思想の自由を侵害し、憲法一四条の法の下の平等に違反し、植民地支配下に奪ったものを返さないで「外国人扱いされない利益」まで奪う点で憲法三一条の法の適正な手続の内容たる「正義」に反し、無効である。

(4) B規約七条違反

B規約七条は、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いを受けない権利を規定しているが、この規定によって保護される範囲には、拷問等の肉体的取扱に限られず、恐怖感、苦悩、劣等感を生じさせ、辱め、卑しめて、肉体的若しくは精神的抵抗力を崩壊せしめる可能性を有する取扱いも含まれ、したがって、前記のような害悪を有する指紋押なつ制度は、右品位を傷つける取扱いに該当する。

そして、B規約は多国間条約であって、憲法九八条二項により、特別の立法なしに、直ちに国内法としての効力が認められ、その効力は法律に優先する。また、同規約に保障された権利は、同規約二条により、外国人にも平等に保障され、また、同規約五条一項により、明文をもって認められた制限以外によって制限することができないものとされている。なお、B規約四条一項は、国民の生存を脅かす公の緊急事態には、規約に反する措置をとることができる旨を規定しているが、同条二項により、同規約七条に定められた権利は、その例外とされ、公の緊急事態下でも、保護されるものとされている。

したがって、指紋押なつ制度は、B規約七条に反し、無効である。

(5) 本件各処分の違法

以上のとおり、指紋押なつ制度は無効というべきであるから、これを理由としてなされた本件各処分は違法である。

(三) 本件各処分の裁量判断の不当性

指紋押なつ拒否を理由とする在留期間更新及び再入国の不許可が、当然には違法でないとしても、原告の指紋押なつ拒否は、原告の在留資格である宗教上の活動の一環として、やむにやまれずなされたものであって、その動機、目的は、純粋に宗教的なものであるし、その態様も、熟慮した意見を穏やかに関係者に説得するというものである。また、これが法律違反になるといっても、原告は、決して我が国の法律や社会秩序を軽視しているものではなく、むしろこれを尊重しており、ただ、自己の信じる、より高次元の法に従って指紋押なつを拒否したものである。このような原告の指紋押なつ拒否行為の本質、動機・目的、態様からすれば、これをもって在留期間更新及び再入国を不許可とすべき合理的理由とすることはできない。

しかも、在留期間更新及び再入国の許否の裁量判断は、申請者の在留状況も考慮して決せられるべきであるのに、本件各処分は、原告の過去二五年の日本における宣教活動の実績と、今後も期待できるであろう日本社会への恩恵を一顧だにせず、原告の指紋押なつ拒否のみを捉えてなされている点でも合理性を欠く。

(四) 宣教の自由の侵害

(1) 宣教の自由

憲法二〇条一項前段で保障されている信教の自由は、信仰の内容を教え広めることを内容とする宣教の自由を含み、また、宗教を信仰する自由にとどまらず、信仰に従って行動する自由も含む。

右信教の自由は、何人に対しても保障されるものとされており、その保障は外国人にも及ぶ。

(2) 宣教の自由の侵害

原告の指紋押なつ拒否は、在日朝鮮・韓国人を主たる宣教の相手方とする宣教師として不可避のものであって、宣教の自由の行使としてなされたものということができる。そして、法務大臣が、申請者の従前の在留状況等を考慮して、在留期間更新及び再入国の許否を決することができるとしても、その裁量権は、憲法の制限に服するのであって、申請者の基本的人権の正当な行使を理由として、在留期間更新及び再入国を不許可とすることは許されない。本件各処分は、原告の基本的人権の行使たる指紋押なつ拒否を理由として、原告の宣教師としての在留資格を剥奪し、原告の宣教活動を妨害、停止させ、不可能にするものであるから、原告の宣教の自由を侵害するものである。

(五) B規約違反

(1) B規約一八条違反

原告の指紋押なつに従えないとする思想、良心、信仰は、同規約一八条一項によって保障されるものであり、これを国外追放の脅迫によって強制する本件各処分は、同条二項に違反する。

また、原告の指紋押なつ拒否は、同条三項に定められた宗教又は信念の表明とも捉えることができるところ、拒否は不作為にすぎず、公共の安全等を侵害するおそれはないから、これを制限することはできない。そして、日本国政府は、同規約二条により、原告の右権利を、いかなる差別もなしに尊重し、確保する義務があるから、原告の右権利の行使を不利益な事情と考慮してされた本件各処分は、規約一八条三項にも反する。

(2) B規約七条違反

国家は、外国人の入国について、その移動、居住、就業等に関して条件を付することはできるが、外国人も、一旦入国を認められた以上は、B規約に定められた権利が保障され、前記のとおり絶対的権利である同規約七条に定められた品位を傷つける取扱いを受けない権利を保障されることを通じて、入国又は居住が保障されることがある。

本件各処分は、原告の日本における宣教活動を不可能にし、原告に、今日まで営々と築いてきた宣教実績を断念しなければならないという恐怖感、苦悩を生じさせ、原告を著しく辱め、宣教師としての精神的抵抗力を崩壊せしめる可能性を有し、また、原告の宣教師としての地位、立場、評判又は人格を落としめるものであり、同規約七条の品位を傷つける取扱いに該当する。

したがって、本件各処分は、B規約七条に反する。

(3) 法律原則・比例原則・平等原則違反

イ 本件各処分による原告のB規約上の権利の制限

本件各処分のうち、在留期間更新の不許可は、前記のとおりB規約一八条一項にいう宗教又は信念を表明する自由に制限を加えるものである。再入国不許可処分は、原告が派遣元であるカナダの長老教会に一時帰還し、これまでの宣教活動の総括、報告を行い、今後の宣教に関する研究・討議を行うこと等、宣教活動の重要部分を不可能ならしめる点で、宣教活動に重大な支障を及ぼすものであるから、同じく同規約一八条一項の権利を制限するものであり、また、原告がカナダに在住する家族、親族と交流することを著しく困難ならしめるものであるから、同規約一七条一項の家族に対する干渉に当たる。

ロ 法律原則違反

B規約上の権利に制限を加え得るのは、同規約にその旨が定められている場合に限定されており、規約に定める制限の範囲を超えて制限することはできず、制限の根拠となる事由は、公の秩序、公衆の健康・道徳、国の安全、公共の安全等、同規約の条項中に明示されているものに限定されており、しかも、公開裁判の制限を認める同規約一四条を除き、必ず法律で定められていることが必要である。B規約一七条一項、二項及び一八条一項、三項は、それぞれその旨を規定している。

そして、法律で定められた制限といえるためには、〈1〉当該法の内容が一般人に知り得るものであること、十分な精度をもって定式化され、〈2〉その適用について合理的な予見が可能であることを要する。

入管法二一条三項は、在留期間更新につき、「適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」と規定しており、同法二六条一項は、再入国許可につき、単に、「与えることができる。」と規定しており、右規定自体は一般に知り得るものであるが、そこに具体的な裁量基準は示されておらず、法務大臣が、具体的にいかなる基準を用いてその裁量判断をなしているのか、そもそもそのような基準があるのかすら明らかでないから、右〈1〉の要件は満たされていない。また、在留期間更新時に、合法的な行為が否定的要素として斟酌されるか否か明らかでなく、指紋押なつ拒否者に対する在留期間更新の許否の取扱いも二転三転しており、右〈2〉の要件も満たされていない。

したがって、このような法律上の定めのみに基づき原告のB規約一八条一項、一七条一項に保障された権利を制限する本件各処分は法律原則に反する。

ハ 比例原則違反

ヨーロッパ人権条約一〇条二項には、人権を制限するには民主的社会において必要な限度において制限することができる旨規定されているが、およそ人権を制限するには必要性が存しなくてはならないことは自明である。なお、B規約一八条三項は、宗教又は信念を表明する自由の制限は公共の安全等を保護するために必要なもののみ課することができる旨を定めており、同規約一七条にはそのような定めはないが、条文の規定に「必要な」との文言があるか否かに拘らず、比例原則は常に適用されるべきである。

そして、右必要性を満たすためには、〈1〉法の目的が正当であること、〈2〉差し迫った社会的必要性が有ること、〈3〉権利の制限と達成しようとする目的とが比例するものであることを要する。

指紋押なつ拒否者に対処するのに、外登法上の罰則の適用とは別に、在留期間の更新を拒否して、二〇数年間日本で営々と続けられてきた原告の宣教活動を事業半ばにして不可能ならしめたり、あるいは再入国を不可能にして宣教活動に重大な支障を生ぜしめ、また、家族との交流を著しく困難ならしめることを正当化するような差し迫った社会的必要は到底見出し難く、殊に、その後間もなく法改正により二回目以降の指紋押なつ義務が廃止されたことからすると、本件各処分当時においても、およそかかる苛酷な処分を課する必要性があったのか甚だ疑わしく、本件各処分は、〈2〉の要件を欠くものである。

ニ 平等原則違反

B規約二六条は法の下の平等を規定しており、この規定は、同規約上の権利の平等保障を定める同規約二条一項と異なり、同規約上の権利以外の権利についても適用される。したがって、入国・在留に関して差別的取扱いをすることは、同規約二六条に反する。

そして、この平等の保障により、同規約上の権利に関する処遇の差異は、合理的かつ客観的な基準に基づくものでなければ、許されないこととなる。

ところで、指紋押なつ拒否者に対する在留期間更新及び再入国についての取扱いは、二転三転し、一定の時期に更新時期が到来し、あるいは再入国の許可申請をした者のみが不許可処分を受けている。在留期間更新の不許可処分や再入国不許可処分は、外国人に苛酷な不利益をもたらすものであるから、このような取扱いの変遷は、指紋押なつ拒否者の増加や、その後の法改正等を反映するものとして合理化することはできず、余程差し迫った社会的必要がない限り、安易な行政的判断でかかる処分をなしたり、あるいはこれを取り止めたりすることは、一貫性のない恣意的処分とのそしりを免れず、右のような取扱いの変遷ないし相違は合理的、客観的基準によるものとはいえず、本件各処分はB規約二六条に反するものである。

(六) その他の裁量権行使の違法

(1) 不可罰とされるべき指紋押なつ拒否を理由として在留期間更新及び再入国を不許可とすることの違法

イ B規約一五条一項三文は、「犯罪が行われた後に、より軽い刑罰を課する規定が法律に設けられた場合には、罪を犯した者はその利益を受ける。」と定め、新法の遡及的適用を規定しており、この規定は刑の廃止の場合も含まれる。本件在留期間更新不許可処分は、原告の指紋押なつ拒否に対する制裁として、国外追放という外登法上の刑罰以上の刑罰に匹敵するものを課したものであるから、実質上の刑事責任追及といえる。そして、外登法の昭和六二年法律第一〇二号改正(以下「昭和六二年改正」という。)により、指紋押なつは原則として一回限りとされたから、右B規約一五条一項三文により、原告の指紋押なつ拒否は罰せられないものとなった(なお、指紋押なつ等につき不遡及を定めた同法改正附則五条は、右B規約一五条一項三文に抵触し、無効である。)。

ロ 仮に、右処分の適法性判断の基準時が処分時であり、右B規約一五条一項三文の適用がないとしても、本件各処分の翌年には、右外登法の改正がなされているのであるから、本件各処分時においても、近く、原告が指紋押なつを強制されないことになるのは明白であり、被告は、二回目以降の指紋押なつ義務が不合理であることを認識していた筈である。

ハ このように、不可罰とされるべき原告の指紋押なつ拒否を唯一の理由としてなされた本件在留期間更新不許可処分は、違法である。

(2) 具体的裁量基準を定立せずに在留期間更新及び再入国を不許可とすることの違法

仮に、入管法二一条及び二六条が許可の要件認定につき法務大臣に一定の裁量権を認めているものとしても、裁量が、その場その場の判断によってなされるとすれば、裁量権者の恣意を排して合理的な権限行使を確保することができず、行政処分の適正手続の保障の見地から、このようなことは到底是認することはできないから、法務大臣は予め一定の基準を定立してこれを事前に公表し、かつその基準に従って裁量権を行使しなければならないものというべきである。

そして、本件では、これが何ら明らかにされていないから、具体的裁量基準はなかったものと推認されるべきであり、本件各処分は、適正手続に反するものとして、裁量権の濫用である。

(3) 動機の不法

在留期間更新や再入国の許否は、入管法の目的に従って決せられなければならず、指紋押なつという入管法の目的外のことを実現するために利用してはならない。しかるに、本件各処分は、在留期間更新や再入国の許否における自由裁量に名を借りて、外登法上の指紋押なつを強制しようとする不公正な動機に基づくものである。

しかも、国外追放は、生活、活動の基盤を根底から奪うものであるから、刑罰に匹敵するか、少なくとも義務を課し又は権利を制限するものであり、したがって、指紋押なつ義務を定める外登法の委任なくして、指紋押なつ拒否を理由とする国外追放はなし得ないものというべきであるが(内閣法一一条、国家行政組織法一二条一項、四項)、本件各処分は、外登法の委任がないのに、入管法の規定によって、指紋押なつ拒否に対する制裁として国外追放をするものである。

したがって、本件各処分は、裁量権の範囲を著しく逸脱したものといわねばならない。

(4) 補充原則違反

仮に、指紋押なつ拒否に対する制裁を、在留期間更新や再入国の許否を決する際の裁量として考慮することが許されるとしても、その場合、まず、本来の外登法上の制裁措置が適用され、しかる後に補充的に入管法における右考慮がなされなければならないものというべきところ、原告には、外登法の制裁措置が適用されていないのであるから、入管法によって実質的制裁措置を加える本件各処分は許されない。

また、法務大臣の自由裁量によって、外登法上の刑事処分よりはるかに大きな不利益をもたらす在留期間更新不許可処分という制裁を加えることは正義に適ったものとはいえない。

(5) 比例原則違反

指紋押なつ拒否に対する制裁として国外追放することは、人生の大半である二五年の長きにわたって日本に生活基盤と宗教活動の基盤を築いてきた原告に対して余りに苛酷な処分であり、また、原告の宣教の自由ばかりでなく、原告によって信仰に導かれ、信仰を守られている者にとっても何物にも変え難い不利益であり、日本国にとっても測り知れない不利益であって、比例原則に著しく反することは明らかである。

(6) 平等原則違反

原告は指紋押なつ規定違反で有罪判決を受けたわけではなく、他方原告以前に犯罪を犯して有罪判決を受けたにもかかわらず、それまでどおり在留期間更新の許可を受けている者は多数おり、被告の裁量は、法違反者にも在留期間更新許可を与えるという確立された慣行に反する。

2  被告

被告は、次のとおり本件各処分の適法性を主張する。

(一) 在留期間更新許可及び再入国許可処分の性質

(1) 在留期間更新

国際慣習法上、外国人の入国の許否は、当該国家が自由に決し得るものであり、条約等の特別の定めがない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わない。そして、憲法二二条一項が、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が我が国に入国することについては何ら規定していないのも、これと考えを同じくするものと解され、したがって、憲法上、外国人は我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもない。かかる原則を踏まえ、入管法四条二項は、外国人に対し、一定の期間を限り(同条一項一号、二号、一四号の場合を除く。)、特定の在留資格をもって我が国への上陸を許すこととしているのであるから、上陸を許された外国人は、その在留期間が経過した場合には当然に我が国から退去しなければならない。もっとも、当該外国人が在留期間の延長を希望するときには在留期間の更新を申請することができるが(同法二一条一項、二項)、その申請に対しては、同法二一条三項は、法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしている。つまり、入管法は、在留期間更新を法務大臣の裁量にかからしめているのであって、本邦に在留する外国人に対し、在留期間の更新を受けることを権利として保障しているものではない。

そこで、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するに当たっては、外国人に対する出入国及び在留を管理する目的である国内の治安と善良な風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情を斟酌し、時宜に応じた判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待できないものであるため、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかの判断における法務大臣の裁量の範囲は広範なものとされている。

そして、裁判所が、法務大臣の右判断が違法となるかどうかを審理判断するに当たっては、これが右のような広範な裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、あるいは事実に対する評価が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法であるとすることができる。

(2) 再入国

再入国許可は、我が国に在留する外国人がその在留期間の満了前に、再度入国する意図を持って本邦から出国しようとする際に、法務大臣が当該外国人に対し、出国前の在留条件のままで再入国することを認める処分であるが、前記(1)記載のとおり、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないから、我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されているものでもない。そこで、再入国許可について、入管法二六条一項は、法務大臣は再入国の許可を与えることができる旨を規定するにとどまり、再入国許可処分についての処分要件ないし裁量権の範囲を定めず、その許否は法務大臣に当該外国人の経歴、性向、在留中の状況、海外渡航の目的、必要性等極めて広い範囲の事情を審査してその許否を決定させようとしているのである。

したがって、法務大臣は、再入国の許否を決するに当たっては、適正な出入国管理行政の保持という見地に立って、申請自体の必要性、相当性のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・社会情勢・国際情勢・外交関係など諸般の事情を斟酌したうえ、的確な判断をするべきであり、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の広範な裁量に委ねられているものといえる。

そして、裁判所が、法務大臣の再入国の許否の判断についてそれが違法となるかどうかを審理判断するに当たっては、右法務大臣の広範な裁量権を前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法であるとすることができる。

(二) 指紋押なつ制度

外登法は、外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とするものである。そして、この目的を達成するため、外国人登録制度が定められているのであるが、外国人の身分関係は、日本国民と異なり、原始的身分関係事項に関する記録が外国にあるため、我が国の行政機関において直接に追跡することができないことから、我が国において独自に在留外国人を特定し、同一人性を確認する手段が必要であり、その手段として設けられたのが、指紋押なつ制度である。指紋は、万人不同、終生不変という特性を有しており、指紋押なつ制度によって、確実かつ簡便に、登録されるべき外国人を特定し、また、登録された外国人と現に在留する外国人との同一人性を確認することが可能となるのであって、指紋押なつ制度は、右外国人登録制度の目的維持のために必要な制度である。

なお、外登法は、本件各処分時以降、数回にわたり改正され、現行法においては、永住者等以外の外国人に対しては最終的な同一人性確認の手段として指紋押なつ制度を採用しているものの、永住者等については指紋押なつ制度を採用していない。しかしながら、我が国に在留する外国人の公正な登録を保持するために、指紋押なつ制度を採用するかどうか、採用する場合に、対象となる外国人の範囲をどう定めるか等は立法府の合理的な裁量により決定される問題であって、現行法において、外国人の特定及び同一性確認の手段として指紋押なつ制度を採用していない部分があるからといって、指紋押なつ制度の右合理性が否定されるものではない。

(三) 本件各処分の適法性

前記のとおり、在留期間の更新及び再入国を許可するか否かは、諸般の事情を考慮して決定されるものであるところ、在留中の法違反行為の有無、法違反行為がある場合におけるその具体的内容の重大性、情状等は、在留状況にかかる要件の一つとして、当然考慮の対象となる。

ところで、本件各処分の前後、指紋押なつ制度に反対し、登録証明書の切替交付に際し指紋押なつを拒否するいわゆる指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、拒否者が続出していた。

そのような状況の下で、原告は、前記一6ないし11記載のとおり、昭和六〇年八月一五日、登録証明書の切替交付の際に、指紋押なつを拒否し、その後も、大阪市生野区及び入管当局の再三にわたる説得に対し、これに応じないばかりか、自己の指紋押なつ拒否行為の正当性を主張した。のみならず、その後も、指紋押なつ制度撤廃を主張する集会に度々参加して指紋押なつ拒否を継続する決意を述べる等の言動を繰り返した。

このように、原告が、故意に、かつ公然と、法違反の状態を継続している事実は厳しく評価されるべきであり、しかも、原告の右指紋押なつ拒否後の一連の言動は、違法行為である指紋押なつ拒否の組織的な運動を助長し、ひいては法無視の風潮を助長するものであって、出入国管理行政上看過し難いものといわざるを得ず、同人の在留の継続を許可することも、その再入国を認めることも相当ではないとしてなされた本件各処分は、いずれも適法である。

四  争点

1  在留期間更新許可及び再入国許可について、法務大臣に裁量権はあるか(在留外国人に在留期間更新許可及び再入国許可を受ける権利があるか)、裁量権があるとすれば、その範囲如何。

2  指紋押なつ制度は憲法一三条、一九条、一四条、三一条に反するか。

3  指紋押なつ制度は憲法二〇条に反するか。

4  指紋押なつ制度及び本件各処分はB規約に反するか。

5  本件各処分の裁量権行使に違法事由があるか。

第三争点に対する判断

一  在留期間更新及び再入国の許否についての法務大臣の裁量権

1  在留期間更新

(一) 在留期間更新許可を受ける権利の有無

(1) 憲法の基本的人権は、権利の性質上国民のみを対象としていると解されるものを除き、外国人にも保障されるものと解されるが、国際慣習法上、特別の条約の定めがない限り、外国人の入国を認めるか否か、入国を認める場合にいかなる条件を付するかは、当該国家の裁量により自由に決せられるものとされており、憲法二二条一項も、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人の入国や滞在については何ら規定していないことからすると、憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと解される。そして、入管法四条二項も、右の原則を踏まえ、外国人に対し、一定の期間を限り(同条一項一号、二号、一四号の場合を除く。)、特定の在留資格をもって我が国への上陸を許すこととしているのであるから、上陸を許された外国人は、その在留期間が経過した場合には当然に我が国から退去しなければならないこととなる。そうすると、在留期間の更新につき、同法二一条三項が、法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することができる旨規定しているのも、在留期間更新を法務大臣の裁量にかからしめる趣旨と解するほかはない。

したがって、在留外国人は、在留期間更新を受ける権利を有するものではない。

(2) 原告は、在留外国人の在留期間更新を受ける権利が認められる実質的根拠として、一般に、在留期間は、在留目的に比して短く定められ、数度にわたり更新されるのが原則となっており、外国人は更新を期待して日本国内で生活基盤を築くのが通常であるから、当初の在留許可は更新の承認を黙示的に含んでいるというべきであり、また、在留外国人が、退去強制事由に触れることなく日本で生活を続けてきた場合には、在留を引き続き認めても、我が国の利益や安全を脅かすものでないことが実績により証明されていると主張する。

しかしながら、入国を認める場合に、いかなる条件を付するかは、当該国家の裁量により自由に決せられるという国際慣習法及び憲法上の原則が、右のような実情によって左右されるものではないことはいうをまたないし、右原則の下に、入管法四条二項は、一定の期間を限って外国人の上陸及び在留を許可することとし、同法二一条三項は、法務大臣が適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り在留期間の更新を許可することができるものとしているのであるから、入管法は、我が国における外国人の在留の許否を、法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留の相当性を審査させた上で決定させることとしているものと理解できるのであって、当初の在留許可に在留期間更新の承認が黙示的に含まれているとすることも、在留外国人が、退去強制事由に触れることなく日本で生活を続けてきた場合には、我が国の利益や安全を脅かすものでないことが実績により証明されているものとして、原則として在留期間更新が認められるべきであるとすることもできない。

また、原告は、憲法の基本的人権の保障を享有する在留外国人に対し、基本的人権の行使を理由に在留期間の更新を拒否できるとすれば、基本的人権の保障は実質的にないに等しくなるとの根拠も主張するが、そもそも、後記のとおり、在留外国人に対する基本的人権の保障は、在留の枠内で認められるものであるから、これをもって在留期間更新を受ける権利を認めるべきであるとするのは、前提を誤った主張といわざるを得ない。

したがって、前記原告の主張は採用できない。

(二) 在留期間更新の許否についての法務大臣の裁量権

(1) 前記(一)(1)記載の入管法二一条三項の趣旨からすれば、法務大臣が、在留期間更新の許否を決するに当たっては、外国人に対する出入国及び在留を管理する目的である国内の治安と善良な風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定など国益の保持の見地に立って、申請者の申請事由の当否のほか、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情を斟酌し、時宜に応じた判断をすることを要するのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待できないと考えられるから、法務大臣は、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかの判断につき、広範な裁量権を有するものというべきである。

(2) 原告は、在留期間の更新が不許可になると、特段の事由がない限り、退去強制手続が開始されるのであるから、これを不許可とするには、入管法二四条四号イ、ヘないしカに定める退去強制の実質的事由又はこれに準じる事由のあることを要すると解すべきであり、これは追放のためには法定された正当な追放理由に基づく適正手段によることを要するとするB規約一三条の要請でもあると主張する。

しかしながら、前記(一)(1)記載の憲法及び入管法の趣旨からすれば、在留期間更新の許否についての判断における法務大臣の裁量権の範囲が広範なものとされるのは当然であって、退去強制事由又はこれに準ずる事由がなければこれを不許可とすることができないと解する余地はなく、また、在留期間の更新を受けられなかった外国人が我が国から退去すべきことになるのは、一定の在留期間に限って在留を認められた外国人の在留期間が経過したことによって当然生ずることであって、B規約一三条が規定する追放には該当せず、同条の要請により、退去強制事由又はこれに準ずる事由がなければ、在留期間の更新を不許可とすることができないと解することもできない。

(3) そして、裁判所が、法務大臣の右判断が違法となるかどうかを審理判断するに当たっては、これが右のような広範な裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、あるいは事実に対する評価が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法であるとすることができる。

2  再入国

(一) 再入国許可を受ける権利の有無

(1) 再入国許可は、入管法二六条に定められた、在留外国人が、その在留期間満了の日以前に、本邦に再び入国する意図を持って出国しようとするときに、当該外国人に対し、出国前の在留条件のままで再入国することを認める法務大臣の処分である。

ところで、憲法二二条一項の居住・移転の自由は日本国内におけるそれを指すのであり、一時的海外旅行の自由は、同条二項の外国移住の自由に含まれると解されるが、同項で保障される自由には、在留外国人の一時的海外旅行の自由は含まれないというべきである。すなわち、一時的海外旅行の自由は、出国の自由と、帰国(再入国)の自由を含むものであるところ、出国は、日本国民においても、在留外国人においても、憲法二二条二項により、公共の福祉に反する場合のほかは原則として自由であるが、帰国(再入国)については、日本国民の場合は、国家の構成員である以上、自国に帰る権利は、憲法の保障をまつまでもなく、国民固有の権利として認められるべきであるのに対し、在留外国人にあっては、我が国の構成員たる地位にはなく、我が国に在留することを前提として、憲法の基本的人権の保障を受けるにすぎないのであるから、本邦を離れることにより、憲法の保障は及ばなくなり、その再入国の許否は、外国人の新規入国の場合と同様、国家の自由裁量により決定し得るものであって、特別の条約が存しない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないのであるから、一時的海外旅行を終了し本邦へ再入国しようとする外国人は、我が国に対してその再入国を要求する権利を有しないものといわなければならない。

また、再入国には、出国により中断される出国前の在留を継続する手続としての側面もあるが、前記のとおり、憲法上、外国人は在留を継続することを要求する権利を保障されているものではなく、入管法上も、再入国の場合(二六条)を新規入国の場合(同法三条一項、五条ないし七条、九条)の場合と対比すると、査証を要しないことと、当該外国人の在留資格及び在留期間の決定並びにその明示をしないという二点で相違があるが、これは再入国許可が新たな在留資格及び在留期間を付与するものでなく、先の在留が継続するとみなすものであるという再入国許可の性質自体に由来するのであって、新規入国の手続と在留外国人の再入国の手続に基本的な相違はないから、右の側面から、在留外国人の再入国を受ける権利を認めることもできない。

(2) 原告は、在留外国人の在留期間中の地位は権利というべきものであり、また、在留外国人は、憲法の基本的人権を享有しているから、新規入国を求める外国人の場合と歴然と異なり、実質的にみても、在留外国人の再入国の場合は、在留の実績から、入国の相当性が判断し得るのであり、日本に生活の本拠を持つ長期在留者にあっては、日本社会のいわば構成員となっているとし、憲法二二条一項に基づき、在留外国人は再入国許可を受ける権利を有すると主張する。

しかしながら、在留外国人の在留期間中の地位を権利とみることができ、また、在留外国人が憲法の基本的人権を享有するとしても、それは、我が国に在留することによるものであって、本邦を離れれば、それらの権利の保障は及ばないことになるところ、再入国の申請は、在留中になされるものではあるが、これに対する許否の対象は、国外にある外国人の入国の可否であって、国家の自由裁量により決定し得るところといわざるを得ない。ただ、原告の主張するように、再入国の場合は、在留の実績から入国の相当性が判断できる場合があり、また、長期在留者などの中には日本社会に密着して生活する者もいるなど、実質的には、新規入国と異なる面があることは確かである。しかしながら、日本社会への密着の程度は、個々の在留外国人によって様々であり、在留外国人に憲法上一時的海外旅行の自由を認めるとすれば、密着性の薄い者にまで、一律に再入国の自由が保障されることになり、そうすると、在留外国人については、入国の可否を国家の自由裁量により決し得るという原則が失われるという不合理な結果が生じることになる。したがって、右のような新規入国者との実質的相違をもってしても、憲法二二条二項には在留外国人の一時的海外旅行の自由は含まれないとする前記結論は左右されるべきでない。

また、原告は、B規約一二条四項(自国に戻る権利の保障)に基づき、日本に生活の本拠を有する在留外国人には、再入国を求める権利が認められるとも主張する。

しかしながら、B規約は、国家は、外国人の入国を認めるか否か、入国を認める場合にいかなる条件を付するかを、当該国家の裁量により自由に決することができるとする前記国際慣習法上の原則を否定するものではないと解されるから、同項にいう「自国」を、被告が主張するように、「生活の本拠がある国」であると解するのは困難であり、同項により、日本に生活の本拠を有する在留外国人には、再入国を求める権利が認められるとすることもできない。

(二) 再入国の許否についての法務大臣の裁量権

(1) 前記のとおり、在留外国人は、憲法上、一時的海外旅行の自由を保障されているものではなく、再入国を受ける権利を有するものではないから、再入国を許可するか否かは、出入国の制度に関する立法政策にかかわる事柄であるというべきである。そして、入管法二六条一項は、法務大臣は再入国の許可を与えることができる旨を規定するにとどまり、再入国許可処分についての処分要件ないし裁量権の範囲を定めていないから、法務大臣が、再入国の許否を決するに当たっては、適正な出入国管理行政の保持という見地に立って、海外渡航の目的、必要性等、申請自体の相当性のみならず、当該外国人の経歴、性向、在留中の行状、国内の政治・社会情勢・国際情勢・外交関係など諸般の事情を斟酌したうえ、的確な判断をするべきであり、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の広範な裁量に委ねられているものというべきである。

(2) 原告は、再入国を不許可とするためには、日本国民について定める旅券法一三条一項一ないし五号の旅券発給拒否事由若しくはこれに準ずる事由のあることを要するというべきであると主張する。

しかしながら、前記(一)(1)、(2)記載のとおり、在留外国人の一時的海外旅行の自由は憲法二二条二項の外国移住の自由に含まれず、その再入国の許否は、国家の自由裁量により決定し得るものであるところ、入管法二六条一項は、再入国許可処分の処分要件を定めていないのであるから、前記のとおり、法務大臣は、再入国の許否について広範な裁量権を有するものと解するほかはなく、これを不許可とするためには、旅券法一三条一項一ないし五号の旅券発給拒否事由若しくはこれに準ずる事由のあることを要するというべきであるとする原告の主張を採用する余地はない。

(3) そして、裁判所が、法務大臣の再入国の許否の判断について、それが違法となるかどうかを審理判断するに当たっては、右法務大臣の広範な裁量権を前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法であるとすることができると解すべきである。

二  指紋押なつ制度と憲法一三条、一九条、一四条、三一条

1  指紋押なつ制度の正当性

(一) 指紋押なつ制度の概要

外登法は、在留外国人の登録を実施することによって、外国人の居住関係及び身分関係を明確にし、もって、在留外国人の公正な管理に資することを目的とするものであり(外登法一条)、本邦に在留する外国人は、登録申請をする義務(同法三条)及びその後五年ごとに確認申請をする義務(同法一一条)を負うが、昭和六二年改正前の外登法一四条一、二項は、日本に一年以上在留する一六歳以上の外国人が、右登録申請及び確認申請や、登録証明書の引替交付申請(同法六条)及び再交付申請(同法七条)をする場合には、登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋を押なつしなければならないこととし、同法一八条一項八号は、右指紋押なつ義務に違反した者は、一年以下の懲役若しくは禁固又は二〇万円以下の罰金に処せられるものとしていた。

なお、外登法の昭和六二年改正により、右指紋押なつ義務の規定は、既に、同法の規定により指紋押なつをしたことのある者には、市町村長から一定の理由により指紋の再押なつを命じられたときを除き、適用されないものとされ(同法一四条五項)、さらに、外登法の平成四年法律第六六号改(以下「平成四年改正」という。)により、現在は、永住者及び特別永住者については、指紋押なつ制度を廃止し、一六歳以上の永住者及び特別永住者外国人が登録申請及び確認申請や、登録証明書の引替交付申請及び再交付申請等をする場合には、登録原票及び署名原紙に署名を要するものとされている。

(二) 指紋押なつ制度の正当性

(1) 前記のとおり、国家は、特別の条約の定めがない限り、外国人の入国を認めるか否か、入国を認める場合にいかなる条件を付するかを自由に決し得るものとされており、したがって、外国人の入国及び在留の管理につき広範な権限を有するものであるが、このような管理を行うについては、在留するすべての外国人の在留資格、居住地等を個別的に把握する必要があり、右外国人登録制度は、その前提を整えるために定められているものである。

ところで、日本国民の身分関係が戸籍により明確に把握されるのと異なり、外国人の身分関係は、原始的身分関係に関する記録が外国にあるため、我が国の行政機関において、これを直接追跡することができず、また、これを把握する手がかりとなるべき旅券も、在留外国人のすべてが所持しているというわけではなく、他にこれを把握し得る有効な方法もないから、我が国において、すべての外国人の在留資格、居住地等を把握するためには、外国人登録制度の中で、独自に、在留外国人を特定し、登録された外国人と現に在留する外国人との同一人性を確認し、また、当該外国人の登録上の同一人性を継続的に保持し得る手段を設ける必要がある。

そこで、右在留外国人の特定、同一人性確認の手段として採られたのが、前記指紋押なつ制度である。このように個々人を特定し、同一人性を識別し得る手段としては、他に写真や署名を対照する方法等もあるが、いずれも不確実性が残るものであり、指紋は、万人不同、一生不変という特性を有し、その最も確実な優れた手段ということができる。

したがって、指紋押なつ制度は、正当な行政目的の下に定められた合理的な制度というべきである。

なお、前記のとおり、外登法の昭和六二年改正により、一回指紋押なつをした者には、原則として指紋押なつ義務は課されないこととなり、さらに、平成四年改正により、永住者及び特別永住者については、当初から指紋押なつ義務は生じず、署名がこれに替わることとなったのであるが、これは、前記のとおり外国人の入国及び在留の管理につき広範な権限を有する国家の裁量の範囲内での立法政策として、社会情勢、国際情勢等の総合的見地から、指紋押なつ制度そのものは未だ維持しながら、指紋押なつ義務の軽減を図り、あるいはその対象範囲を限定したものとみるべきであって、このことをもって、前記結論は、いささかも左右されるものではなく、昭和六二年改正前においても、指紋押なつ制度は正当性を有していたものといえる。

(2) 原告が指紋押なつ制度を不当とする点について検討を加えることとする。

イ 原告は、我が国の外国人登録制度は、専ら在日朝鮮・韓国人を念頭に置いたものであり、指紋押なつ制度の導入理由は、治安目的であって、外登法本来の目的を逸脱するものであると主張する。

しかしながら、外登法の適用対象が在日朝鮮・韓国人に限られないことは同法一条、二条等によって明らかであるし、指紋押なつ制度は前記(1)記載のような存在理由を持つものであり、これが外国人の居住関係及び身分関係を明確にし、もって、在留外国人の公正な管理に資するという外登法本来の目的の下に定められた制度であることは明らかである。

ロ また、原告は、外国人登録の対象者の多数を占める朝鮮・韓国人の身分事項は、日本の市町村において把握されており、不分明とはいえないとして、指紋押なつ制度は不必要であると主張する。

しかしながら、前記のとおり、外国人の入国及び在留の管理を行うについては、在留するすべての外国人の在留資格、居住地等を把握する必要があるのであって、身分関係の把握し得ない在留外国人が生ずる以上、それを把握し得る制度が必要であるし、我が国に定住する朝鮮・韓国人の身分事項が市町村において把握されているといっても、それは我が国の外国人登録制度を前提としてのことであって、原告主張のような事情は、立法裁量の問題としては論ずることができるとしても、指紋押なつ制度の必要性を否定するような事情となるものではないといわなければならない。

ハ 次に、原告は、市町村の外国人登録事務において、指紋照合による同一人性の確認は行われていないし、技術的にも不可能でもあり、法務省においても、昭和四五年以降、指紋の換値分類を行っていないし、指紋原紙の指紋照合も行える体制にはなく、長期間にわたり、指紋原紙の送付さえ受けておらず、指紋照合により外国人の同一人性を確認することは全く不可能な状態にあったとして、外国人登録制度は、指紋照合による同一人性の確認なしに運営されてきたと主張する。

確かに、〈証拠略〉によれば、各市町村の外国人登録事務において、同一人性の確認は、指紋によらず、写真等によってなされている場合が少なくなく、法務省が各市町村に示達する外国人事務取扱要領にも、確認申請等に際し、指紋押なつによって同一人性の確認をすべきことは明示されていないこと、各市町村には特に指紋照合の技術者は配置されておらず、法務省の行う市町村の出入国管理事務担当者の研修会で、指紋押なつの方法等について話すことはあったが、指紋照合については、簡単な識別テストを試みたことがあるという程度で、訓練といえるようなものは行っていないこと、法務省でも、昭和四五年以降、各市町村から法務省に送られてくる指紋原紙の指紋の換値分類を行っておらず、昭和四九年四月二三日付け通達(法務省登管第三三六一号)により、新規登録の場合を除いて、法務省に送付されるべき指紋原紙への指紋押なつは省略して差し支えないものとされ、昭和五七年一〇月一日以降その送付が復活されるまで、各市町村から法務省には指紋原紙の送付はなされなかったことが認められる。

しかしながら、〈証拠略〉によれば、外国人登録における同一人性確認のための指紋の照合は、照合の目的で比較的鮮明に押なつされた複数の指紋を見比べて、異なるものでないかを確認するものであって、遺留指紋の中から同一の指紋を探し出す犯罪捜査の指紋鑑識のように、特別な訓練を受けた専門技術者でなければできないというものではないこと、法務省では、昭和四五年までは指紋原紙の指紋の換値分類を行っていたが、換値分類は二重登録を発見するのに有効な手段であるところ、当時既に二重登録は減少しており、また、行財政事情等から業務の簡素化を図る必要があったために、同年以降は手間を要する右作業が中止されたものであること、指紋照合も、昭和四九年ころまでは指紋係の一〇人近い入国管理局登録係指紋課の職員により現実に行われていたが、昭和四〇年代に入ってから、出入国者数が増大して、事務簡素化の必要が生じ、昭和五五年の登録大量切替で、大半の外国人登録原票が書込済み(押なつ欄に指紋が押なつ済みのもの。)となって、法務省に送付される見通しであり、これを指紋原紙に代替し得ることから、前記のとおり昭和四九年に指紋原紙の法務省への送付が中止されたものであること、そして、外登法の昭和五五年及び昭和五七年の改正により、登録証明書の国外持ち出しが可能になり、また、登録事項の確認申請の間隔も三年から五年に伸長されたことなどから、前記のとおり昭和五七年一〇月一日以降指紋原紙の法務省への送付が復活されたのであるが、これにより、以後、再び法務省において、指紋照合の対象となる指紋原紙を保管するようになったこと、法務省においては、昭和四九年以降は、指紋照合はほとんど行われておらず、入国管理局登録課指紋係の職員も、昭和五六年ころには、一、二名しか配置されないようになったが、最新の指紋原紙と照合未了の指紋原紙は、切替年度別に、登録番号順に整理して保管され、照合可能な状態には置かれていることが認められる。

以上の事実に基づき考えるに、外国人登録制度における指紋照合による同一人性の確認は、各市町村においても、また、法務省においてさえ履践されてきたものとはいい難く、これを徹底できるような体制も整えられておらず、指紋押なつ制度の機能は十分には発揮されていないというべきであるが、右のような運用状態においても、通常は、別人の指紋が押なつされれば、その相違は比較的明瞭に識別し得るものであり、各市町村の窓口でも容易に発見されることになるため、指紋を押なつすること自体が、外国人登録の不正登録の発生を未然に防止する抑止力となっていることは否定できないし、また、各市町村において同一性を判定できない指紋があれば、これを法務省に送付して、専門的な鑑識による判断を得ることも可能であり、他方、法務省においても、登録されている外国人の同一人性に疑いが生じたときには、保管されている指紋原紙により、いつでも再確認できる状態にあるから、このような点において、指紋押なつ制度によって、外国人登録における同一人性の最終的確認手段が確保されているものということができ、したがって、指紋押なつ制度の外国人登録制度における必要性は未だ否定し得ないものというべきであり、その現実的運用が、不正登録の趨勢や、登録事務の量、処理体制等の諸条件に左右されるのはやむを得ないところであることも考え併せると、指紋押なつ制度は、その運用状態が前記のようなものであったとしても、なお合理性を認めるべきものといわなければならない。

二  さらに、原告は、指紋押なつ制度の導入は、戦後多発した不正登録の減少に貢献しておらず、指紋押なつ制度が不正登録の防止に効を奏したという事実はないし、今日において、不正登録が大量に発生する余地もないのであるから、指紋押なつ制度は無用のものになっていると主張する。

しかしながら、戦後多発した不正登録の減少が、指紋押なつ制度の導入によるものか否かはさて措き、前記のとおり、指紋押なつ制度は不正登録に対する抑止力となっているものと考えられるのであり、他方、今日、戦後の混乱期のような外国人登録の不正登録の多発という事態は考えられないにしても、我が国における外国人の出入国者・在留者が、戦後、増加の一途をたどっていることは公知の事実であり、このような趨勢の中で、外国人の在留資格、居住地等の正確な把握は、いよいよ必要なものとなっているといえるところ、右出入国者・在留者の増加に伴う不正登録者の増加ということも、当然に予想されるところであるから、原告の主張のように、指紋押なつ制度が無用のものとなっているとすることはできない(なお、前記のとおり、外登法の昭和六二年改正により、二回目からの指紋押なつ義務はなくなり、平成四年改正により、永住者及び特別永住者の指紋押なつ義務はなくなったのであるが、国家は、外国人の入国及び在留の管理につき広範な権限を有しており、右管理権限を行使するにつき、如何なる制度を採用するかは、それが合理性を持つ以上、当該国家の裁量に任されているものというべきであるから、右のような法改正がなされて現在の外国人登録制度が運営されているからといって、右改正前の指紋押なつ制度に無用な部分があったとすることもできない。)。

2 指紋押なつ制度と憲法一三条

指紋は、前述のとおり個人を識別する上で最も確実な手段となるものであり、また、指紋押なつの強制は、犯罪者扱いされたような不快感、屈辱感を伴うものであることは否定できないから、みだりに指紋押なつを強制されないことは、個人の私生活上の自由として、憲法一三条により保障されているものということができる。そして、右の保障の趣旨は、その権利の性質上、外国人にも及ぶものと解するのが相当である。

しかしながら、憲法一三条による基本的人権の保障が、公共の福祉により制限されることは、同条の規定から明らかである。そして、指紋は、通常衣服に覆われない指先の体表の紋様であって、人目に触れ得るものであり、その形状は人の身体的あるいは精神的特徴とは結びつかないものであるから、指紋を知られることそれ自体は、私生活上の秘密たる個人の私生活の在り方、思想、信条等を暴露するものではなく、また、指紋を押なつすることも、それ自体は、前記のとおり、自らを識別されることや犯罪者扱いされたような屈辱感等を抱くことによる精神的苦痛を除けば、肉体的苦痛や弊害もほとんど伴わないものといえるから、正当な目的の下に、必要かつ合理的な範囲で、国家が指紋押なつを強制することは、許されているといわなければならない。

そして、指紋押なつ制度(昭和六二年改正前の外登法によるもの。以下同じ。)は、前記1記載のとおり、正当な行政目的を有する必要かつ合理的な制度であり、その強制手段も前記のとおり刑罰をもってする間接的強制であって、相当といえるから、指紋押なつ制度が憲法一三条に反し無効であるということはできない。

3 指紋押なつ制度と憲法一九条

原告は、指紋押なつ制度は、日本の在日朝鮮・韓国人に対する同化政策の一環であり、民族的価値を否定して、日本的価値を注入するという国家権力による思想の変化を伴う点で憲法一九条の思想の自由を侵害すると主張する。

しかしながら、前記のとおり、指紋押なつ制度は、在留外国人の公正な管理に資するという外登法本来の目的の下に定められた制度であり、その適用対象が在日朝鮮・韓国人に限定されるものではないし、これによって思想の変化を生じさせるというところもなく、これが在日朝鮮・韓国人の思想の自由を侵害するものであるとする原告の主張は当たらない。

4 指紋押なつ制度と憲法一四条

法の下の平等を定めた憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人にも保障されるが、このことは、合理的根拠に基づく区別までも禁止するものではない。

そして、外国人は、我が国に在留する資格の有無自体が問題となり得るという点で、日本国民との間で基本的な法的地位の相違があり、指紋押なつ制度は、右差異に基づいて、必要かつ合理的な範囲内で行われる区別であって、憲法一四条に反するものではない。

5 指紋押なつ制度と憲法三一条

原告が、指紋押なつ制度のいかなる点をもって、憲法三一条の法の適正手続の保障に反するとするのかは、必ずしも明らかではないが、外登法一四条(昭和六二年改正以前のもの)の定める指紋押なつ義務は、刑罰とも、行政処分ともいえないから、憲法三一条違反の生ずる余地はないものというべきである。

三  指紋押なつ制度と憲法二〇条

1  宗教を布教宣伝する宣教活動の自由は憲法二〇条一項前段の信教の自由に含まれるものであり、右自由の保障は、外国人にも及ぶ。

2  ところで、信仰が内心にとどまっている限りは、これの自由は絶対的に保障されるべきであるが、宗教の信奉者がその信仰に基づいてある行動に出る場合には、これは何らかの意味で社会に影響を与えることを目的とするものであろうし、また、結果として社会に影響を与えることがあり得るのであるが、右行動・結果が社会に有害なものである場合には、国家権力による規制、すなわち、右行動に対し、「公共の福祉」による制限が加えられるのはやむを得ないことである(憲法一二条)。

本件で問題となっている指紋押なつ拒否については、本来、指紋押なつ行為自体は何ら信教の自由にかかわるものではなく、これが宗教活動として意味付けられることによりはじめて宗教的色彩を帯び、信教の自由の保障の対象となり得るものであるが、原告の指紋押なつ拒否行動は、その宗教的確信に基づくものである以上、これが宗教活動の側面を有していることは否定することができないというべきである。したがって、これに信教の自由の保障が及ぶか否かは、原告の指紋押なつ拒否行為が「公共の福祉」に反するか否かにかかるといわなければならないが、指紋押なつ制度は、前記のとおり、正当な行政目的の下に設けられた、必要かつ合理的なものであり、しかも右制度は信教の自由の規制を目的としたものでもないのであるから、いかに原告の行動(指紋押なつの拒否)が宗教的確信に基づくものであったとはいえ、これに従わないことについてまで、信教の自由の保障が及ぶとすることはできないといわざるを得ない。

3  また、仮に、原告の指紋押なつ拒否が、憲法二〇条一項前段の保障の及ぶものであったとしても、前記のとおり、在留外国人は憲法上我が国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求する権利を保障されているものではなく、入管法上、法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限り在留期間更新を受けることができる地位を与えられているにすぎないものであり、したがって、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度の枠内で与えられているにすぎず、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間更新の際に消極的事由として斟酌されないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。

四  指紋押なつ制度及び本件各処分とB規約

1  前記のとおり、国家は、国際慣習法上、条約がある場合を除き、外国人の入国を認めるか否か、入国を認める場合にいかなる条件を付するかを、当該国家の裁量により自由に決することができるものとされており、B規約も、右国家の裁量権を容認する立場を採っているばかりでなく、指紋押なつ制度は、国家の右裁量権の下で、在留外国人の公正な管理のために定められた必要かつ合理的な制度であり、また、以下のとおり、これはB規約に違反するものともいえないから、指紋押なつ制度やこれの拒否を理由とする本件各処分がB規約に違反するとの原告の主張は失当である。

2  B規約七条

指紋押なつは、前記のとおり、自らを識別されることや犯罪者扱いされたような屈辱感等を抱くことによる精神的苦痛を除けば、肉体的苦痛や弊害もほとんど伴わないものであり、しかも、有形力を行使して直接強制するのではなく、刑罰をもって間接的に強制するにすぎないものであるから、これがB規約七条の定める品位を傷つける取扱いに該当すると認めることはできない。

また、原告は、本件各処分は、原告の日本における宣教活動を不可能にし、原告に宣教の断念という恐怖感、苦悩を生じさせ、原告を著しく辱め、宣教師としての精神的抵抗力を崩壊させる可能性を有し、また、原告の宣教師としての地位、立場、評判又は人格を落としめるものであるとも主張するが、前記のとおり、本件各処分は、右裁量権の下で在留外国人の公正な管理の必要のために行われた処分であるから、これにより、当該外国人に、右原告主張のような精神的苦痛が生じたとしても、それはB規約の容認するところと考えられるし、そもそも、B規約七条の定める品位を傷つける取扱いとは、拷問や、残虐な又は非人道的な取扱い又は刑罰と並ぶような肉体的、精神的苦痛を与える取扱いをいうものと解され、右原告主張のような精神的苦痛がこれに当たるとすることはできない。

3  B規約一七条

本件各処分は、在留の継続を認めない処分及び再入国を認めない処分にすぎず、何ら原告の家族との交流を妨げるものではなく、本件各処分につき、B規約一七条違反を論じる余地はない。

4  B規約一八条

原告の指紋押なつ拒否とB規約一八条による宗教の自由の保障の関係は、前記憲法二〇条について論じたところと同じであり、日本国内においては、法律の上位法である憲法により「公共の福祉」に反する行為は、たとえ宗教活動であっても制限されることになっているのであるが、これは正にB規約一八条の「公共の安全」「公の秩序」を保護するために必要な制限に当たると解されるのであって、指紋押なつ制度や本件各処分がB規約一八条に違反すると認めることはできない。

なお、原告は、本件各処分が、B規約一八条一項によって保障される宗教の自由を国外追放の脅迫によって剥奪するものである旨の主張をもするが、前記のとおり、本件各処分は、国家の裁量権に基づきなされた、在留の継続を認めない処分及び新規入国と基本的性質を同じくする再入国を認めない処分にすぎず、これにより原告が退去強制処分を受け得る状態に置かれる(入管法二四条四号ロ)のは、在留期間満了の当然の効果であって、これを国外追放に当たるとすることはできない。

五  本件各処分の裁量判断の相当性

1  前記のとおり、法務大臣が、在留期間更新及び再入国の許否を決するに当たっては、申請自体の相当性のみならず、当該外国人の経歴、性向、在留中の行状、国内の政治・社会情勢・国際情勢・外交関係など諸般の事情を斟酌したうえで、的確な判断をすべきであるが、このような判断をするにつき、法務大臣は、広範な裁量権を有するのであり、裁判所が、法務大臣の右判断が違法となるかどうかを審理判断するに当たっては、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くか、あるいは事実に対する評価が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであると認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法であるとすることができる。

2  そこで、右のような見地から、本件各処分の合理的理由の存否について検討するに、前記のとおり、原告は、前記第二の一6ないし11記載のとおり指紋押なつを拒否し、本件各処分は、原告の右指紋押なつ拒否を理由になされたものであるところ、〈証拠略〉によれば、本件各処分の前後、指紋押なつ制度に反対し、登録証明書の切替交付に際し指紋押なつを拒否するいわゆる指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、本件各処分のなされた前年の昭和六〇年には、大量切替の時期に重なったこともあって、指紋押なつ拒否件数が三〇〇〇件を超えるという状況にあったことが認められるほか、〈証拠略〉によれば、原告は右指紋押なつ拒否後も、自己の信念に基づき、指紋押なつ制度撤廃を主張する集会に度々参加して指紋押なつ拒否を継続する決意を述べる等の言動を繰り返していることが認められるのであり、右事実によれば、原告の在留の継続を許可することも、その再入国を認めることも相当ではないとしてなされた本件各処分には、基礎とされた重要な事実に誤認があるとは認められず、また、前記のとおり、原告にはそもそも再入国や在留継続を求める権利がないことや指紋押なつ制度の存在意義等を考えると、原告が長年にわたり日本に暮らし、宣教師として宣教活動を続けてきたものであり、本件指紋押なつ拒否も真摯な動機によるものであるなどの原告に有利な事情を考慮に入れても、右事実に対する評価が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるともいえない。

六  その他の本件各処分における裁量権行使の違法性の主張について

1  外登法昭和六二年改正の本件各処分に対する影響について

前記のとおり、外登法一四条の指紋押なつ義務は、昭和六二年改正により、同条の規定により指紋を押なつしたことのある者には適用されないことになったのであるが、〈証拠略〉によれば、右法改正の前年に当たる本件各処分当時、既に被告において、右改正が検討されており、指紋押なつ義務についての施策方針が緩和の方向にあることは認識していたことが認められる。

しかしながら、行政庁の処分は現に施行されている法律に基づいてなされるべきものであって、指紋押なつ義務につき、改正が検討されているからといって、被告が本件各処分に係る申請につき、その改正の方向に沿った内容の処分をするよう拘束されるものではなく、ただ、これを背景とする社会状況の下で、その裁量判断における事実に対する評価が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるとされるに至ったときに、裁量権の濫用があるものと認められるにすぎないものであるが、本件各処分においては、処分時に右改正内容が確定的であったとする証拠すらないのであるから、到底、その裁量判断における事実に対する評価が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであると認められる余地はないものというべきである。

なお、原告は、B規約一五条一項三文違反についても主張しているが、そもそも本件各処分は右条項の「刑罰」には当たらないものであるし、右法改正は本件各処分がなされた後に成立施行されたものであって、いずれにしても右主張は採る余地がない。

2  具体的裁量基準定立の必要性について

本件各処分がなされるにつき、具体的裁量基準がなかったことは当事者間に争いがないが、前記のとおり、在留期間更新及び再入国の許否に関する法務大臣の処分は、諸般の事情を総合考慮した広範な裁量判断に基づくものであり、事柄の性質上、具体的事案ごとに個別的に判断されるべきものであって、具体的基準を設けることは著しく困難であるから、右のとおり本件各処分が具体的裁量基準に基づきなされたものではないからといって、直ちにこれを裁量権の濫用に当たるとすることはできない。

3  動機の不法について

(一) 原告は、本件各処分は、在留期間更新や再入国の許否における自由裁量に名を借りて、外登法上の指紋押なつを強制しようとする不公正な動機に基づくものであるから、裁量権の濫用であると主張する。

しかしながら、外登法と入管法は、相互に関連した法律であって、入管法の目的である出入国の公正な管理の確保のためには、正確な外国人登録が必要であり、その正確性が保持できなければ、在留期間更新許可処分をはじめ、種々の入管法上の行政処分の適正な実施に支障を来すことになる。したがって、外登法上の義務の遵守は、入管法上も重視されるべき事柄であって、外登法上の義務違反たる指紋押なつ拒否を理由として入管法上の処分たる在留期間更新や再入国を不許可とすることが不公正な動機に基づくものであるということはできず、これをもって、本件各処分に裁量権の濫用があるとすることはできない。

(二) また、原告は、本件各処分は、外登法の委任がないのに、入管法の規定によって、指紋押なつ拒否に対する制裁として国外追放をするものであるとして、裁量権の濫用を主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件各処分により原告が退去強制処分を受け得る状態に置かれるのは、在留期間満了の当然の効果であって、国外追放に当たるものではなく、指紋押なつ許否に対する制裁とはいえないから、本件各処分につき、外登法による委任がないことは、何ら裁量権の濫用に当たらない。

したがって、本件各処分は、裁量権の範囲を著しく逸脱したものということはできない。

4  補充原則違反について

原告は、指紋押なつ拒否に対する制裁は、本来の外登法上の制裁措置がなされ、しかる後に補充的に入管法における制裁がなされなければならないものというべきところ、原告には、外登法の制裁措置が適用されていないのであるから、入管法によって実質的制裁措置を加える本件各処分は許されないと主張する。

しかしながら、在留期間更新及び再入国の不許可処分は前記のとおり、指紋押なつ許否に対する制裁とはいえず、在留期間更新及び再入国の許可申請の許否を決定する行政処分であるから、指紋押なつ義務違反に対する外登法上の刑罰の補充的関係にあるものではなく、原告の指紋押なつ拒否行為に対し、外登法による刑罰が適用されていないとしても、これとは別個独立の立場から本件各処分を行うことは何ら妨げられない。

また、原告は、法務大臣の自由裁量によって、外登法上の刑事処分よりはるかに大きな不利益をもたらす在留期間更新不許可処分という制裁を加えることは不当であるとも主張するが、右のとおり、右処分は制裁ではないばかりでなく、既に述べてきたとおり、右処分は法務大臣の的確な裁量判断に基づくものであるから、右主張もまた失当である。

5  比例原則違反について

原告は、本件各処分は、二〇数年間日本で営々と続けられてきた原告の宣教活動を事業半ばにして不可能ならしめ、あるいは再入国を不可能にして宣教活動に重大な支障を生ぜしめるものであって、差し迫った社会的必要がなく、また、制限される権利とこれにより達成される目的との均衡も失しており、B規約一八条三項に定められた公共の安全等を保護するための必要性をも欠くものであると主張する。

しかしながら、指紋押なつ制度は、外国人の公正な管理の必要のために設けられた外国人登録制度の前提をなすものであるところ、前記のとおり、本件各処分の前後、指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、本件各処分のなされた昭和六〇年には、拒否件数が三〇〇〇件を超えるという状況にあったのであり、また、指紋押なつ制度が必要とされる根拠やそれが合理的なものであること、さらには本件各処分が原告の宣教活動を抑圧妨害する意図でなされたものではないこと等を考えると、本件各処分に原告主張の違法があると認めることは到底できない。

6  平等原則違反の主張について

原告は、被告の指紋押なつ拒否者に対する在留期間更新及び再入国についての取扱いは、一定の時期に更新時期が到来し、あるいは再入国の許可申請をした者のみが不許可処分を受けており、また、他の違反者に対する取扱いと比べると不当に重く、B規約二六条にも反すると主張する。

確かに、〈証拠略〉によれば、昭和五五年ころから生じてきた指紋押なつ拒否者に対し、被告は当初は在留期間更新及び再入国の許否を判断する上で考慮しなかったが、昭和五七年一〇月ころから、再入国の許否を判断する上で厳しく評価するようになり、昭和六〇年秋からは、在留期間更新の許否を判断する上でも厳しく評価するようになったことが認められる。

しかしながら、〈証拠略〉によれば、前記のとおり、昭和五五年ころから生じた指紋押なつ拒否者は、各市町村で鋭意説得がなされていたにかかわらず、昭和五七年の拒否件数は二二件にのぼり、同年一〇月ころには、二回目以降の指紋押なつ義務が維持された昭和五七年改正がなされたため、指紋押なつ拒否を再入国の許否を判断する上で厳しく評価するようになったものであり、また、昭和六〇年度は、拒否件数が三〇〇〇件を超えるという事態になったため、右のとおり昭和六〇年秋から、在留期間更新の許否を判断する上でも厳しく評価するようになったことが認められ、右被告の在留期間更新及び再入国の許否を判断する上での指紋押なつ拒否者に対する取扱いの差異には、合理的な理由があるのであり、したがって、本件各処分を、他の時期や他の取扱いに比して不当に厳しすぎる判断であり、違法であるとすることはできない。

(裁判官 福富昌昭 川添利賢 安達玄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例